開校の理由

 明治31年、菊田熊之助氏を団長とする福島団体が当地に移住しました。菊田氏は移住当時、団員の不安や動揺を防ぎ、心の統一を図る要件として、「道路の開削」と「教育施設」「神霊奉祀」の必要性を考えました。明治32年、移民団員の中から岡崎正明氏を教員に配し、団体協議の上、各自が私財を投じて教育施設を開設しました。
 木の切り株に割り板を乗せて机や腰掛けとしただけの、広さ12坪ほどの簡素な教室らしきものだったようですが、ここから現在の『上ペーパン』に於ける学校教育の始まりです。教室は、旧・青年研修所側にあったということです。(場所:明治32年12月 上ペーパン4号線 名称:上ペーパン簡易教育所)
*上ペーパン4号線に開設したため、「上米飯簡易教育所」と名付けられました。昭和34年に東旭川村が旭川市と合併したため、現住所は、旭川市東旭川町米原713番地となっています。
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テーマ : 小学校 - ジャンル : 学校・教育

校章の由来

kousyo

★旭一小の校章は、緑豊かな自然を表すグリーン色を中央に配し、その左右を実り豊かな稲穂で図案化し、豊かさを表しています。旭一小で学ぶ児童が永遠に心豊かな人間性を磨き、自ら切り開いて成長していく願いを象徴しています。
(昭和23年・開校50周年のときに決定)
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